DVDシリアスな内容。 実際にこういう現実がどこかで行われているのだろうと思うと怖い。 オドレイがなぜ、ここに来たのかという前置きがないのが気になる
ナイジェリア出身のオクウェはロンドンに不法滞在中。昼はタクシー運転手、夜はホテルのフロント係として働く。ホテルのメイドでトルコからの難民(クルド系か?)であるシェナイと一緒に暮らしている。 ある日、オクウェは切り取られた心臓をホテルの一室で発見するが…。 私はオスカーの脚本賞・脚色賞にノミネートされた作品は可能な限り見るようにしています。映画の良し悪しを決定づけるのはその脚本です。本作も2004年のアカデミー賞で脚本賞の候補に上がった一本。やはりそれだけのことはある映画だといえます。 アフリカ系・トルコ系・南アジア系・中国系・ラテン系・東欧系と、登場人物たちの出自は広範囲に渡ります。移民都市ロンドンの秘められた闇をこうした人々が、ある者は無軌道なまでの欲望を撒き散らし、またある者はギリギリのところで人間的な心根を捨てることなく真摯に生きようとしています。 映画の終盤で不法滞在者のオクウェが白人の“受取人”に言う次の台詞が、移民社会における両者の関係を象徴していて興味深く感じます。“受取人”: How come I've never seen you people before?(どうして今までお前たちを見かけたことがないんだ?)オクウェ: Because we are the people you do not see. We are the ones who drive your cabs. We clean your rooms. And suck your cocks.(それは俺たちがあんたたちの目に触れない種類の人間だからさ。俺たちはあんたらの車を運転し、あんたらの部屋を掃除し、あんたらの股間をしゃぶる種族だからさ。) 社会の透明人間的存在である彼らを取り巻く苛烈な現状を、サスペンス調の娯楽的要素を絡めながらまとめた脚本家と監督の力量を褒めたいと思う一本です。
良質の映画を観ると体が軽くなったような気がする。ラストシーンのオドレイ・トゥトゥの口の動きが筆舌に尽くしがたく、涙があふれてくる。多分自分の感情に素直に生きることが簡単に見えて、実は一番難しいことだと、そんなことを、感じさせる映画です。
華やかな表社会を支える、理不尽で出口の見えない裏社会『アメリ』でメジャーになったオドレイ・トトゥが裏社会の住人を演じることで、その痛ましさが伝わってきます。といっても彼女『アメリ』以外の作品では、不幸役が多いけれども・・。どこの国でも不法滞在者は、その国の人たちが目をそむけるような仕事、場所へ吹き溜まっていきます。毎日怯え、貧窮するくらし。映画で見れば、スリリングなサスペンスとなってしまうところが余計に哀しい。ラストには偶然的で一時的な救いが待っています。でもそれは真の救いではないです。
この映画の主役はオドレイ・トトゥではなく、キウェテル・イジョフォーだよね。日本ではあんまり有名じゃないから、配給の戦略として仕方ないのかな。「ラブ・アクチュアリー」くらいしか知らないしね。感情を表に出さないけど、内面は愛情あるれる男。どうしようもない現実と闘う姿はカッコいい。注目すべきは、舞台設定の巧さ。まず、メイン舞台となるホテル。劇中のセリフにあるように、ホテルとは、夜に汚らわしい(dirty)行為が行われたとしても、朝にはきれいな(pretty)状態に戻される場所。原題である「Dirty Pretty Thing」もここから来たのでしょう。また、オクウェの友人が働き、彼の避難所ともなるのが、病院。ここもまた、生と死という究極の人生ドラマが展開する場所です。しかも、オクウェが寝泊りするのは、遺体安置所という構図もスゴイ。そして、もう1つの重要な舞台が、空港。空港で客待ちするオクウェに始まり、空港で電話をかけるオクウェで終わる。空港とは、もちろん、出入国=旅立ちのシンボルであり、移民や不法入国者にとっては、とても危険な第一関門でもあります。このように、計算された舞台設定が、登場人物の現状や心情を映し出す鏡となっています。移民問題や臓器売買といった現実的な問題を告発するだけでなく、人間として尊厳や意義、そして愛を鮮烈に描き、『臓器売買』がからむサスペンス・ドラマにもなっていて、けっこうスリリングな展開(大体読めちゃいますが)も、おもしろい。それでいて、この重いテーマをどこかファンタジーのように仕上げたのはうまかったね。冷血な支配人、お調子者の同僚、中国系移民の友人、友人(?)となる売春婦など、魅力的な脇のキャラクターがドラマをうまく盛り上げているのも特筆すべきですね。