尼崎。 電車の走る音。 高架下。 自転車の二人乗り。 喫茶店。 工場。 洋服店。 生後三ヶ月の息子。 鈴の音。 傘の忘れ物。 後姿。 ある日突然、自殺した夫。 十年の時間。 再婚。 能登半島。 日本海。 漁村。 風が襖を揺する音。 波の音。 蜩の声。 葬列。 灯台の灯り。 十年前の出来事のこと。 また、鈴の音。 疑問。 『その話は明日にする。 そんな恐ろしい話。 頼むから明日にしてくれ。』 『海に誘われる言うとった。 ひとりで海の上におっとったら。 沖のほうにきれいな光がみえるんじゃと。 誰にでもそういうことあるんちゃうか?』 静かな映像。 愛する人の死をどのようにして。 理解していくのか。 飲み込んでいくのか。 そんな大それたことは飲み込めない。 意味もわからず死んでしまったら。 理解なんてできない。 この映画では。 夫が何故だかよくわからないけれども自殺をした。 という理解に苦しむ出来事を。 出来事として、ただ置いているというか。 そんな点が。 よくできているところだと思います。 何故、あの人が自殺をしたのか? という問いに対して、いろいろと憶測推測を。 言うことは可能なのだけれども。 そんな憶測推測ではなく。 だた、自殺をしました。という事実があって。 私はそれに悩んでいます。という態度を描いている。 その映画としての立ち位置を。 とても素敵に思いました。
アップの少ない画面。画面のトーンも暗く、テレビモニター画面だと、さらに表情もよくは伺うことができない。 しかし、それがマイナスかと言うと、意外にそんなこともないのだ。 抽象的なドラマの雰囲気がより抽象的になって、妙に心に残ろうとでもするかの画面だ。 多くが遠目のシルエットで静かに語られるスタイル。 それがこの映画では印象的に網膜に残るようだ。 それは登場人物の心の中がそのまま風景になったような画面ということだ。 言葉による説明もほとんどされないので、彼らの行動の動機も想像力を要求する。 しかし、想像すること、じつはそれを空しく思う。 そんな心の情景を嫌と言うほど知っている人、馴染んでしまっている人にとっては、ということかもしれないが。 説明できない人の心の軌跡を描いていると思えば、ラストに近い主人公の言葉にされた「長い間の問い」も、もしかしたら必要なかったかもしれない。
江角マキコ初主演作であるが、僕は子供たちの自然な姿ばかりに目が行ってしまった。 「誰も知らない」でも感じたことだが、是枝監督というのは、自然体の子供の行動や会話を撮るのが異様にうまい。その無垢なイノセンスの潔さ、不可思議さというのものは、大人を時にハッとさせてしまう。自分が大人になってしまったという喪失感。それをこの映画から感じた。 なお、江角マキコの子供時代役で、吉野紗香がひっそりと出演していた。これも是枝監督の特徴だが、俳優の顔をしっかりとは決して映さない。特にチョイ役については、クレジットを見ないとなかなか分からないほどだ。吉野紗香もこれが映画初出演のはずだが、こんなにシリアスな映画でデビューしていたとは驚いた。
同じ浅野忠信出演作で例に出すと『珈琲時洸』や『ユメノ銀河』『地球で最後のふたり』『孔雀』『埋もれ木』などに近い空間を遊んだ作品だった 『アカルイミライ』で自殺した浅野忠信も『幻の光』で自殺した浅野忠信もどこかひとすじなわでは、いかない感じずらい見るものをひきよせる死に方・・ 個人的には退屈してしまったのが正直な意見です レールの彼方になにかを見たのか幸せさなか死んでしまったゆみ子の夫の死に対するなんらかの接触が欲しかった気がする 極力省き、それが逆にこの映画のよさなのは分かりますが、そのことに対してひたすらつっかかっていく映画なら退屈しなかっただろうと思う
この映画のロングショットはものすごい。 ビデオでは人間の姿が見えるか見えないかというところだ。 しかも画面が暗いから撮影に当たってはかなりの工夫が必要だったのではないか。 ロングショットは人間の運命の神秘を映し出す。 暗い風景の中で遥か遠くに捉えられた人間の姿に、非常に美しい音楽が かぶさって未曾有の傑作となっている。