DVD前半はイタリア映画伝統の思春期艶笑劇のように描きながら、後半それをひっくりかえすかのように残酷な描写を見せつけ、さらにその後でさわやかな涙をこぼさせるという巧みな語り口の妙もあって、小品ながらも忘れ難い秀作に仕上がっている。大人の色香漂うマレーネ役のモニカ・ベルッチの美しさと、それに負けない熱演ぶりも印象的だ。(的田也寸志)
のんきに構えて見ていたら、衝撃的なドラマ展開に釘付けになりました。 イタリアの乾いた風景を舞台に描かれる、人間の脆さ。 欲望の視線を注ぐ男たちも、嫉妬に狂う女たちも、無知なりに必死な少年たちも、 戦争に巻き込まれる街全体も、本当に脆い。 その中で、一番脆そうに見えるのがマレーナ。 セリフは少なく、ほとんど表情もない。 友達はいないのか?家や道具を売るという選択肢はないのか? 働き口は探したのか?そもそもどんな性格なのか? すべてよくわからないまま、ただ彼女が世の中に巻き込まれていく様が淡々と描かれていく。 ずっと彼女を見つめる視線は少年のもの。 彼女を写しているようで、彼女の心情にはスポットが当たらない。 しかし、彼女が街に戻ったことで、ようやく彼女の心が表現される。 イタリアだけでなく、他の国でも、ドイツ兵と付き合いのあった女達は同じようなリンチを受けたそうです。 もちろん、娼婦だけでなく、ドイツ兵と恋に落ちたというだけで、 大勢に取り囲まれ、髪を刈られたとか。 初めて見た時は、なぜ彼女が街に戻ったのかが、全然理解できませんでした。 でも、今は何となくわかる気がする。
マレーナと音楽と映像が美しい…。ただ、マレーナは夫が戦死、マレーナの父親も死んでしまい、結果的に娼婦になってしまうのですが、もっと違う風に働けなかったのでしょうか?娼婦になんてならないで違うかたちに働けば良かったのに。美しさはそのままに健全に?働けば良かったのに。せめてお父さんが死んでしまう前に。父親が教師なんだから自分も教師になるとか。娼婦以前に職はなかったのでしょうか。当時は女性が働くなんて珍しい事だったのでしょうか?私もマレーナと同じ同性で、歳が近い分ちょっと歯がゆかったです。女性の嫉妬が恐ろしかったです…。マレーナももっとうまく周りとやっていけば良かったのに…なんて;映画の余韻がなくなってしまいますが…。マレーナがかわいそうすぎです…でも、最後少しは状況?が良くなってホッとしました。マレーナがリンチされて結果街を追い出されて終わり…じゃなくて本当良かった…。。
夫の戦死、美貌の彼女に言い寄る男達、生活苦からついに身を売る彼女の決意、戦争終結で丸坊主にされて袋叩きに合うマレーナ、全てが彼女にとっての現実です。 また彼女を見守る少年レナートの性の目覚めがマレーナの生活を意識させ、戻ってきた夫に彼女の行き先を告げさせます。 辛い生活を送ったマレーナが待ち焦がれた夫とめぐり合い、故郷の村に帰ってきます。ラストで「奥さん」と村人から呼びかけられるマレーナ、その一言が彼女の救いを物語ります。 戦争は男の命だけでなく、残された家族の生活を破壊し、女性を堕落させもします。同様に国家・国民も疲弊し、辛酸を舐めます。これはイタリア独特の人間に対する暖かな目線と同時に辛辣なユーモアを交えた反戦映画でもあります。
少年の一途な愛情を描いたお話として面白い。 けれど政治的に見るととても居心地が悪い。町の人々はファシズムに流され戦争協力、連合軍が攻め入るや手のひらを返したように連合軍を歓迎する。町の人々=大衆の身勝手さが映画のストーリーとも絡み、見ていて怒りを感じさせる。しかし、私もあの場にいれば大衆の一人であろうし、意志が強くとも少年のようにみているだけしかできないにちがいない。 誰が悪かったのか?国民を扇動したムッソリーニが悪かったのか。それだけではない。責められるべきは大衆一人ひとりではないか。 イタリアだけではない。日本では政治家のおかげで国民が免責された。その国民は手のひらを返して戦犯を非難する。軍国教師こそが戦後最も民主主義教育に力を入れたという。 エンターテイメントとしての少年の恋愛話の主流と、自省を促す政治的な話の副流の絡みが鮮やかな作品。
少年レナートに感情移入し、ほとんどせりふがないにもかかわらず モニカ・ベルッチの圧倒的な存在感、シリアスな中にちりばめられた コミカルな場面に思わず笑ってしまう。仕上げは、シシリアの美しい 風景と、心に残る音楽。久々にいい映画に出会えたという感じがした。 「ダニエラという女」に続き映画の醍醐味を満喫。ハリウッド映画 やアメリカのTVドラマに食傷気味だったのでとても新鮮。