DVDこれ、昔見て凄く印象に残りました。キムの美しさも哀しさも。 是非、又再販して下さい。待ってます。
昔まだ若い頃観たこの映画に衝撃を受けました。ただ無性に悲しかったのを憶えていました。今再び観てやっぱり泣きました。エロいとは全く感じません。美しい愛の芸術です 映画の主人公の2人に恋しました。
映画公開当時は、あまりに子供で分からなかったけど、大人になった今、とても観たい映画です。 都会で暮らす大人のカップルが、どんなに寄り添っても孤独で切ない…キム・ベイシンガーがセクシーなのに、ものすごく無邪気でもろくてかわいいです。 映像の美しく官能的な場面の連続もさることながら、音楽もすてきですよ。
スキャンダラスでお洒落なエロティック作品として、M.ロークのセクシャルな魅力とSMのめくるめく世界へ誘う蠱惑的な映画として、1980年代中期に一時代を画した一品です。この映画を見て気持ちが昂じてきた恋人達は高級レストランでディナーをたしなみ、そして…というバブル期典型アバンチュールを彩りました。「社会の第一線で働くキャリア・ウーマンが虜になった愛欲の日々」なんていう捉え方が今でも一般的なので、よっぽど当時の宣伝が時代の要請にすぽっと収まったのでしょうね。確かに冷静に見れば相当ハードなポルノ的表現が散りばめられ、K.ベイシンガーは良くここまでやったと思います(公開当時から「この映画の撮影の時のことを考えると胸が悪くなる」と言い放っていましたが)。 しかしそれはこの映画の本質を曇らせる評価です。私はこの映画でN.Y.の底辺で生きる人々と海岸沿いの風光明媚さに心とらわれました。例えば『タクシー・ドライバー』なんかで描かれたやさぐれたN.Y.の姿から転じて、確実に街の活力が胎動している事が分かる訳です。そして生まれ変わろうとしているN.Y.の姿を最も如実に現すもの、それは取りも直さずエリザベス自身の生き方です。男性が側にいない寂しさを感じながら画廊で働き、そして陥った情欲の深み。しかし老画家が呟きます。「ある時突然、今まで見ていたものが違う姿で現れてくる…」そして彼女は孤独を抱えながらもジョンから去るのです。全てのキャリアーウーマンがそうであるかのように。 男とは結局は身勝手で「無用の人」であり、そして弱い。女性はそこから決別して、自分の足で立って歩いて行かなくてはならないのです。どんなに寂しさを抱えていようとも。そんなフェミニスティックな恋愛観を10代の私に最も強く与えてくれた映画でした。廃盤で価格が高騰している様ですが、是非、女性の社会進出が当たり前のことになった2000年代に新たな価値を持って蘇って欲しいのです。
ジョンとエリザベスの様々なエロティックな行為は、独特の雰囲気に満ち溢れていた。誘う男、どうしようもなくそれに惹かれていく女。場所、光のさし具合、洋服のデザインや色などなど、全てが2人の行為を美しくみせるために完璧な設定となっていた。行為そのものにインパクトもあった。彼の行為に新鮮さを感じているうちは、彼女自身もそれを楽しんでいたのは確か。しかし彼女が彼の望む行為に、屈辱感や非人間性を感じ始めたとき、彼女にとって男の行為は愛の行為ではなくなった。エリザベスには、忘れがたい美しき日々の存在は否定できず、別れの決断はセツナイものとなっている。解る!その気持ち。キムが「出演を非常に後悔している作品」と腹立たしげにどこかで言っていたのを聞いたことがある。ヨーロッパには役柄を素のキムと同列視している人が結構いるそうな。さもありなん。